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 Como House【ブログ|アーカイブス 自然素材の家づくり】 

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コモハウス 建築の作法、不作法」

 

 

 


ブログ
コモハウス「建築の作法、不作法」もはや二十年の時を数え、その投稿数は600件を超えました。
振り返って顕彰するほどではありませんが、(笑)その思い出ブログからもう一度
読みかえすと、わたしたちの建築は二十年前からちっとも変わらない。違ってきたのはまわりの風景で、もしかするとそこに建築のかわらぬ力強さがあるのかもしれ
ません。

 

 

 

 

 

2026.1.12 「もういちど、有機的建築」 戻る

 

 


お正月最初のアーカイブスは2017年10月7日のブログから。そろそろ10年前になりますが、なんだかちっとも変わらないコモハウスです。
逗子市、葉山町、横須賀市に自然素材の家を建てたい。

有機的建築といえばフランク・ロイド・ライト。旧帝国ホテルの設計で言わずもがなですが、日本にはライトの設計した建物が本国アメリカに次いで多いのです。

さて、ライトを持ち出すとことがおおごとになりますが、ライトのある意味ゴージャスな建物は向こうに置いといて、わたしたちは極東のちいさな島に栖むちいさな家の住人。

わたしたちには貧しい、それしか選択肢のない有機的な建築。貧弱な世界を押し広げて行くとその先に広がる有機的な建築。それは時代がル・コルビジェに代表される無機質のコンクリート打ちっ放しの「住むための機械」が時代を席巻する中で、そうした無機質の建築に抗いながら控え目に持ち出してきたこれっきゃ無い世界。しかし、それをすら跳び越えて広がるこの国の木造のゆたかな世界。

そういう意味でも日本の木造住宅はまさにライトの理想であったかもしれませんが、しかし、その私たちの建物を仔細に見るとまことによく考えられている。土壁はそののまま優れた断熱壁で、フラット35Sを凌ぐ性能を有している、かもしれない?。屋根の藁葺きは断熱材としてこんな圧倒的なものは現代では皆無。梁、桁、柱、そのどれをとっても二百年住宅、三百年住宅に負けない、かもしれない?。

法隆寺を持ち出すのは禁じ手ですが、法隆寺は正確には百二十五棟の建物群からなる西院伽藍と東院伽藍からなる斑鳩の里。法隆寺という界隈。法隆寺という世界。法隆寺という結界。 ライトが目指した有機的建築の極北。しかしそれはライトの世界とはまったく異なる異次元の世界。家造りには集成材よりも本物の持つ無垢の柱が望ましい。

壁にクロスを貼るよりも、漆喰や珪藻土の方が気持ちがいい。
床は貼りものの、硬い集成材よりも、やわらかく傷が付きやすくても足裏になじむ無垢材がいい。

家は足し算よりも引き算がいい。

ハウスメーカーよりも町場の工務店がいい。

作り手の顔が見えるちいさな工務店ならなをさらいい。

小さくても山椒は小粒のコモハウスがいい。(笑)

家は美しくありたい。美しい家の定義はむずかしいけれど。

ただ言えることは、努力なくして美しい家は手に入らない。 その努力を払うのは建築会社だけでは難しい。

若い人が建て売りに走るのもムベなるかな。家造りは根気と努力、そして勉強。しかし、勉強するには奥が深すぎる。美しい家が欲しいという不断の欲求を保ち続けるには、街に美しい建物が溢れていることが望ましい。美しい建物がなんなのかを実地で勉強できる環境こそ望ましい。

となると、やっぱり大事なことは建築会社の家づくりへの姿勢に限るのかもしれない。

斑鳩の里に建て売りはありえない。


#自然素材の家 #注文住宅 #横須賀市 #逗子市 #葉山町 #三浦市 #旧築提案の家

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2025.12.4 「住まいの基本」は自然素材の家 戻る

 

 


今日のアーカーブスは2019年9月7日のブログからご紹介します。既に6年前。この年東京湾を北上した台風が猛威を振るい、三浦市でもあちこちに甚大な被害が。私たちの上棟現場でも足場が崩れて危機一髪。ああ、それも6年前になりましたが。

ここにきてまた厳しい残暑が続きます。だいたい九月に入るともう残暑とは呼ばない。しかし、この暑さは、、、

さて今日は棟上げの第二日目。暑さの中を大工が頑張って、まさに「大工よ、屋根の梁を高く掲げよ」。

家づくりの基準をどこに置くかは人それぞれ、建築会社のさじ加減も加わって、「住まいの基本」はともすれば経済の基本に置き換えられてしまう。

簡素な住宅を建てたい。
基本が背伸びをして、その基本だけで建つ住宅を建てたい。

「自然は人工よりも美しい。簡素と軽快は複雑よりも美しい。建物の広さにしても、材料にしても、節約は浪費より美しい結果を生む。」

これはフランク・ロイド・ライトとともに帝国ホテルの設計のために来日して、そのライトの元を離れても日本で建築を設計し続けたアントニン・レーモンドの言葉です。

建築会社はお客様あっての建築です。お客様がいなければ家は建たない。しかし、だからと言ってお客様の言い成りになっても良い家は建たない。全力で、私たちの家づくりを理解していただいて、私たちが良かれと思う方向にお客様を導いて、その結果が喜ばれるのであればこんな建築屋冥利につきる喜びはない。しかし、それはとても難しい。

今日は久しぶりにCDを買いました。これがSHM-CDという高音質のCDで、噂に聞いてはいましたが、確かに音が素晴らしい。こんな高音質で聴きたかったのはムーディー・ブルースの「メランコリーマン」。

ムーディー・ブルースで思い出すのはその昔、大昔ですが、ユーゴスラヴィアのどこの町だったか、田舎町の路地を迷いながら歩いていると、角を曲がって狭い石畳の路地のその先の小さな古い民家から聞こえてきたオルガンの音。そのオルガンを誰が弾いていたのか?それはムーディー・ブルースの「サテンの夜」だったのです。まるで雷に打たれたように立ち止まって、あの頃の共産国の暗い現実の中でまるで「サテンの夜」が私たちの心を明るく照らし出す一条の光のように感じられたのです。あんな美しい音楽を聴いたことはこれまでなかった。オルガンの簡素な音が何より美しい。

こんな風に家を建てたい。

#自然素材の家 #横須賀市 #逗子市 #葉山町 #三浦市

 

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2025.11.15 ヒノキと僕とコモハウス 戻る

 

 


今日のアーカイブスブログは2019年9月20日のブログからご紹介。早6年前。自然素材の家づくりも四半世紀。そう思うとわたしたちの建築はあらためてヒノキとの出会いが大きな力になった事だと感じます。

建築会社はどこでも頑健な建物を建てたいと思うものです。日本に生まれ育って、あたりの山々を眺めて過ごす日々はおそらくどこの生まれでも、見渡せばそこに山がある。

子供の頃、小学校の教室の窓から見える遠くに連なる山の姿になぜかホッとしたものでした。私が子供の頃は大きな建物もなかったので、すぐに山が飛び込んできたのです。私が育った街は海のすぐそば、山の気配などどこにもなく、見わたす平野の遠い向こうに山の稜線がくっきり見える。

校歌にも、「由布の高嶺に、白い雲」 とありました。そうです。その由布岳が遠くに見えたのです。今では大人気のあの湯布院を見下ろす由布岳です。そう言えば同級生に由布という悪ガキがいましたが今ごろどうしているんだろうな?

そんなことを思うのも、わたしたちの身直に山があり、山のあなたの空遠くには幸いが住んでいるから山へのあこがれは尽きぬものがあるのかもしれません。

日本の山には数え切れない種類の樹木があります。その数え切れない種類の木々の中からヒノキを選ぶのは、わたしたちのご先祖様がこの木の持つ特性を見事にとらえて、建築用材として大事に育ててきた歴史があるから、だから私たちはヒノキを選ぶのです。

「木曾五木」と言えば、ヒノキ、コウヤマキ、ネズコ、アスナロ、サワラ。

さて、ではこの中でヒノキ科とは無縁の樹木が一つあります。それはなんでしょうか?
ピンポン!はい正解は「コウヤマキ」でした。コウヤマキはなんと「コウヤマキ科」のこれだけで科を営む単独の樹木なんですね。
しかし、他は全てヒノキ科に属します。木曽で大事にされたのはヒノキだけと言って過言ではありません。

現代の建築では構造材はどこも集成材です。呼び名はいろいろありますが、ことに「エンジニアリングウッド」なんて聞くとカタカナに弱い御仁はもうダメです。なんだかウットリ。涙目でああ「エンジニアリングウッド」。( 薄い単板を糊で貼り合わせただけですが。)

法隆寺の時代にして既に木造建築は完成されていました。情けないことに、わたしたちは飛鳥の工人に技術で勝てない。プレーナーはカンナに勝てない。丸ノコはノコギリに勝てない。インパクトは玄翁に勝てない。

当社の家づくりは今だに愚直に構造材はヒノキです。横架材は松です。どれも「非エンジニアリングウッド」です。(笑)もちろん乾燥材ですが。しかし、わたしたちには夢がある。
東濃ヒノキは岐阜県の東濃地方、俗に裏木曽と呼ばれる一帯で産出されるヒノキです。

技術の進歩は目覚ましいものがあります。快適な住まいづくりを支えるもの。
それはアナログかデジタルか?
千年変わらぬ構造材か?カタカナ混じりの構造材か?
接着剤か?鑿か鉋か?
大工の腕か?大工に頼らぬ家づくりか?
なたはどっち?

#自然素材の家 #注文住宅 #横須賀市 #逗子市 #葉山町 #三浦市 #旧築提案の家

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2025.11.8  空がこんなに青いから 戻る

 

 


今日は直近のブログから。2025,11.1日の「建築の作法、不作法」です。
横須賀、葉山、逗子、三浦、横浜で自然素材の家づくり、コモハウスです。

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空がこんなにも青いから僕は泣けてくる、と歌ったのは誰でしたか?

時代は変わる、それも劇的に。劇的であることすら悟られないように、世界は巧妙に、音も立てずにわたしたちの背後ですり替わって行く。
思えばダイヤモンド・プリンセス号が横浜に入港してから時計の針がコトリと音を立ててあらぬ方向へ転がり始めたのかもしれません。パンデミックの嵐はあっという間に建築の世界にも暗い影を投げかけています。

デフォーの「疫病流行記」をご存知ですか?

ある日、一通の至急伝がマルセイユの港に飛び込んできます。客船の船内で原因不明の疫病患者が出た、と。
それはまるで世界の終わりを告げるような恐怖の幕開けだったのです。やがて船はマルセイユへと近ずいてきます。死の影が疫病の名を借りて忍び寄ってくる。船を迎えるマルセイユ港ではパニックの輪が徐々に広がり、、、ここまでお話しするとまるでダイヤモンド・プリンセス号のコロナパンデミックを彷彿とさせるような出来過ぎた話ではありませんか?

コロナは(ワクチンは)日本をどう変えたのか?

経済だけではなく、長引くマスクへの執着は日本人の生活を劇的に変えてしまった。
友人の息子さんが高校生活でのマスク生活から恋人ができない、あの子いいな、と思ってもマスクを外した時の顔が想像できない。そんなあやふやな対面で恋は成就できない。マスクを外した時の落差を受け入れられない時はどうすればいい?そんなの嫌だ!

これは逆も正なりで、女子だって自分の想いを受け止めてくれるこの人こそと信じたくとも素顔が見えない相手にマスクを外すと出っ歯じゃないの?そんなの嫌っ!

少子化がとまらない。そもそもこのような状況下で結婚する男女が劇的に減ってしまった。これでは子どもができる筈がない。私たちの若い頃は目の色を変えてオンナ女オンナ。女子だって男オトコ男。それは自然な恋の駆け引き、人が人の絆を確かめ合う壮大な儀式。人と人の思いが入り乱れてこその人生ではありませんか。

住まいはその絆を確かめ合うためのパズルのピース。大事なピース。結婚という絆の終着駅と言ってもいい。男女が互いを確かめ合えない世界に愛の巣をかける理由もなく、ひとは散り散りとなって世界は崩壊の一途を辿るだけ。わたしたちはそのような世界の淵に立たされている。そうとは気づかぬ内に、静かに、劇的に、寂しさを抱きしめるように。
そのような世界をわたしたちは受け入れるのだろうか?それが人間の運命である筈がない。

空があんまり青いから、ぼくは泣けてくる。

 

 

2025.10.19 日本の住まいは変わるのか?戻る

 

 


横須賀市、逗子市、葉山町、三浦市で自然素材の家づくりに奮闘するコモハウスのブログです。
今日のアーカイブスは昨年’24年
5月1日のブログからご紹介です。
テーマが大きすぎて果たして纏まるのやら?笑

戦争に負けて八十年。長い年月です。今や、若い人には日本が戦争に負けた、という事実すら知らない人がいるのかもしれない。いや、少なくとも、なぜ日本があの無謀な戦争に引き込まれたのか正確に知る人は少ないかもしれません。

「建築の作法、不作法」は建築会社の日々の記録ですからここで先の大戦に口を挟むのはそれこそ無作法というもの。今でも世界のあちこちで戦争が続いているのは人間様はあまり利口ではない証拠かしら。残念ながら戦争ははしたなくも起きてしまうもの、起こしてしまうものなのでしょう。

戦争とは比べるべくもありませんが、日本の住まいの変遷にも残念な動機があるものです。
住まいづくりが文化であるなら、わたしたちはどのような文化を育んできたのでしょうか?

さて、街へ出てみましょう。住宅街で足を止めて、わたしたちが目にする住まいの連なりを眺めて美しいと感じますか、それともなにも感じないでしょうか?
こんなものだから、という諦めはご法度です。

「美しい日本の私」と謳ったのは川端康成さんでした。これも先の戦争とおなじ、もうご存知ない方がほとんどでしょうが、「雪国」や「伊豆の踊子」で有名な作家です。日本で初めてノーベル文学賞を受賞した作家がストックホルムでの授賞式のスピーチで語った「美しい日本の私」。

個々に、私が美しくあるのは個人の節制と不断の努力で可能ですが、日本の街並みを美しく仕上げるのは建築会社のすぐれた審美眼以外にないでしょう。

私たちはたいへんな重責を担っている。その自覚。その責任。その使命。そしてそれはお客様によって鍛えられると云って過言ではありません。建築会社にすぐれた審美眼が備わっていても、お客様がそれを求めていなければ宝の持ち腐れに終わります。

美しい街並みを作るのはわたしたちの努め。

さて、その美しいと感じる心に訴えかけるもの、それはまず素材です。美味しい料理がまず素材にあり、その素材を調理するシェフの腕に委ねられている。
ですからまず素材の正しい使用による建築を心がけることが一等大切です。

素材が本物であること。そこからスタートすればまず大きく踏み外すことはありません。

正しい素材を扱う建築会社は正しいものを積み上げて住まいを作ります。その結果が美しい住まいなのです。

さて、では本物の素材とは何でしょうか?
ここからが本番ですが、ここまで読まれて「そうだ、本物だっ!」と感じ入られた方はもうすでに本物を探し始めているかもしれません。そう。「ほんもの」はご自分で探しあてるものでもあるのです。

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➡️「コモハウスの素材と構造」

#横須賀市 #逗子市 #葉山町 #三浦市 #旧築提案の家

 

 

2025.10.5  羨ましい  戻る

 

 


横須賀市、逗子市、葉山町、三浦市で自然素材の家。コモハウスです。

今日のアーカイブスは2011年12月19日のブログからご紹介です。
前回の「実に壮観」のつづきですが、今日は東京駅です。

★★★★★

東京の玄関についてさらに一言。

東京駅のあの古色蒼然とした赤煉瓦の威容は大正3年、辰野金吾の手になる近代を代表する洋風建築ですが、この東京駅は元々三階建てで、戦災で三階部分が崩れ落ち、あの三角形のドームももとはお椀を伏せたような非常に手のこんだデザインをしていたものが戦後の復興でばたばたとあのような形で纏められてしまったといういきさつがあります。

はい、これが「あのような形」、です。

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現在はその威容が建築時のままに復元されようとしています。これは素晴らしいですね。建築に携わる方々は、おそらくは楽しくてしょうがないという日々を送られていることでしょう。うらやましい。

この東京駅の屋根の瓦に東北大震災で被災した宮城県石巻市の企業が関わっていて、手焼きの瓦がすべて津波で流されて、それらを必死の思いでかき集めて東京に送られたとか。もの造りの過程では、このように間一髪の板子一枚下は地獄のような光景がいつも浮かんでは消えて流れていくものです。

屋根の丸いドームのなかには十二支の干支の文様が残存する当時の図面どうりに美しくレリーフされ、甦っているそうな。これは必見ですね。完成は来年の10月だそうです。楽しみです。

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この堂々とした駅舎を設計した辰野金吾は別名「辰野堅固」と揶揄されたほど堅実で、その堂々としたたたずまいは辰野金吾の面目躍如といった感があります。
しかしこの三階建てがそんじょそこらの超高層ビルと伍してもなんら引けを取ることがない。

わたしたちの建築も、小さくてもぴりりとした建物を建てていきたい。ちいさな願いは、切なる願い。
心して取り組みたいと年の瀬を前にあらたな決意です。

付録)

私の故郷大分にも辰野金吾氏の手になる「小東京駅」があります。
それは大分銀行本店で、子どものころは古色蒼然たる洋館で何やらおどろおどろしい床がギーッと軋む音がするような戦災を生き延びた見ようによってはみすぼらしい建築でしたが、外壁の赤レンガは素晴らしく美しかった。今はリノベーションされて往時の面影を今に伝えています。それはそれは東京駅にも負けない美しさです。

 

 

2025.9.27  じつに壮観  戻る

 

 


横須賀市、逗子市、葉山町、三浦市で自然素材の家づくりと云えばコモハウスです。

今日のアーカイブスは2011年12月9日のブログからご紹介します。
2011年といえば東日本大震災の年です。私たちの国も大きく変わりましたが、かわらないコモハウス、変わりつづけるコモハウス。そのどちらも疎かにしてはなりません。

東京の空の玄関と云えば成田?羽田?

建築でも家づくりでは玄関は大切な要素。狭小敷地ではまさにこの玄関が悩みの種で、道路に面しておくべきか、脇に通路をもうけて奥に誘導して道路側からの採光を確保するべきか?大いに悩むところではあります。問題は敷地が狭いからであって、広ければなにも悩む必要はありません。

そうしてみると、日本の空の玄関も、この国土が狭いが故におおいに悩ましい結果を招くということになったのかもしれませんね。国家の事情も家庭の事情とさして変わらない。

しかし、この敷地の奥に玄関をもうける場合は、その導入路をいかに魅力的に仕上げるかが建築会社の腕の見せ所ということになります。

そうか。成田が魅力がないのは、この導入部が貧弱だから?(失礼)そう。羽田もかっては浜松町からのモノレールと云う未来都市のような魅力的な交通機関があったからこそ、羽田までの行き帰りをまるで鉄腕アトムの世界のようなくすぐったい気持ちにさせてくれたからこそわれもわれもと羽田詣でを繰り広げたのかもしれません。(ほんと?)

そう。成田からは地下深くを一直線で結ぶ弾丸列車のような交通網が必要だった。地下一直線で30分で東京と成田を結ぶような。あっと驚くリニアモーターカーで新宿までひとっ飛び。な〜んてね。

さてさて空の玄関は別にして、地上の玄関と云えばそれはやはり東京駅。西の東京駅、東の上野駅と東西の両横綱がしのぎを削った時代がなつかしいですね。
「上野はつの夜行列車下りたときから、、、」
まさに上野は哀愁あふれるふるさと特急便。その上野がいつしか横綱の地位を下りたときからふるさとと都会の関係が大きく変わってしまったのかもしれません。

羽田発のヒコーキを下りてもそこは都会の延長線。訛もなく、ユニクロもマックもそこにある。

最終便に乗れば日帰りだって夢じゃない。

田舎なんて、、、そう?

#横須賀市 #逗子市 #葉山町 #三浦市 #旧築提案の家

 

 

2025.9.12  八月の空の蒼さよ  戻る

 

 


自然素材の家づくり。逗子市、葉山町、横須賀市、三浦市、横浜市。
「美しい住まいづくり」はコモハウスから。

やっと九月。それなのにブログのタイトルは「八月の空の蒼さよ」。
天邪鬼ではありません。今日も暑かった。車を走らせていると南の空の真っ白い雲は入道雲。もくもくと湧き立つような入道雲。しかしもう夏はこりごり。
今日のブログは2016年8月3日のブログから。この年の夏も暑かった。もう美しい空はいらない。(泣)

地震国ニッポン。この国で地震を舐めたらあかんぜよ。しかしまた、だからと言って地震を前に怯んでいても生活は成り立ちません。昨今の関東地方の連続地震。何かの前触れながらもウン十年。いつきたって怖かない、なんて言いながらも実はそれはタダの「つよがり」。

先だっての熊本地震。熊本の友人に聞くと「やっぱり金物で雁字搦めにした建物がダメですね」と。

SE工法などは金物が強すぎて柱が途中でせん断する。仕口は金属で外れないけれど梁が木部で引きちぎられる。確かに金物で固定したところは強いけれど、その強さが仇となって代わりにより脆弱な柱の途中で折れる。梁がねじ切れる。震度5や6には耐えきれるけれど、6強やそれ以上では持ちこたえられない。

やっぱりしっかりした在来には敵わないねえ。金物工法じゃあ揺れは吸収できない」と。
なるほど、と思います。

さて昨今のこの暑さ。たまらない夏。が、しかし、その空の青さはウワッ!コレは、原色の蒼さ。空まで暑いけれど、しかし美しい空の蒼さよ。

長沢で建築中の I 。建築の勉強をしたかったという I 様の思いがこもった東濃ヒノキで建てる「夏の家」。今日はまた、真っ青な空に映えるコモハウスの力作です。いえいえ I 様の力作です。

西側の庭から見る I 邸。いやはや、今日は空の1日でし

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#自然素材の家 #注文住宅 #横須賀市 #逗子市 #葉山町 #三浦市 #旧築提案の家

 

 

 

 

 

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