ComoHouse

【アーカイブス|ブログ 自然素材の家づくり 】
コモハウス 「建築の作法、不作法」



ブログ「コモハウス 建築の作法、不作法」も二十年の時を数え、その投稿数は600件を超えました。
振り返って顕彰するほどではありませんが(笑)、その思い出のブログからもう一度。読みかえすと、わたしたちの建築は二十年前からちっとも変わらない。
違ってきたのはまわりの風景で、もしかするとそこに建築のかわらぬ力強さがあるのかもしれません。

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2025.8.11 スギ花粉の不都合な真実  ホームページ

 


横須賀市、逗子市、葉山町、三浦市で自然素材の家。
自然の素材で家づくりをかさねて25年。自然素材の家づくりのパイオニア、それはわたしたちコモハウスです。
さて今日のアーカイブス・ブログは2023年4月3日のブログからです。

狭いニッポン、そんなに急いで何処へ行く?
人間てえヤツは理屈じゃあない。 急ぎ足は習い性。急いては事を仕損じる。それでもがむしゃらに一点突破、仕損じた暁は、アッシにはカンケーねえ事で。三十六計逃げるに如かず。

春先は風が吹く。風が吹くと桶屋が儲かる。しかし、近頃では風が吹くこの季節はスギ花粉が舞い、クシャミ鼻水鼻詰まり。ご用心ご用心。(誰が儲かるかはさて置いて)

このスギ花粉症。いったい何が舞うのかと不思議に思ったことはありませんか?

吉野杉といえば杉の名産地。江戸時代からつづく杉と言えば吉野の杉。近場で言えば静岡県の天竜杉。千葉県だって山武杉、四国には伊予杉、木頭杉、九州には飫肥杉、薩摩鉄杉、日田杉、屋久島には屋久杉、縄文杉、島は山ごと杉杉杉。島の全土はスギ花粉に覆われて屍河原水子草。

昔から日本全国名産地として知られている杉の産地ではさぞお困りでしょう。杉に苦しめられ、村人はこぞって鼻水だらだら。花粉のせいで一家離散、凄惨な親殺し子殺し、果ては因果な巡り合わせを恨んで裏山の杉の木に首を括って首吊り自殺。根っこに刻んだ「怨」の一文字。

この山がなければ一家は幸せに暮らせたのに。

はて、面妖な?
地元にそんな言い伝えのひとつふたつはありそうですが、そんな話はひとつも聞こえてこない。杉の花粉はほんとうに飛ぶのか?日本全国にある杉の名産地ではどこも風土病のように蔓延して人々を困らせているのか?嗚呼、その名もスギ花粉症。杉を「スギ」とカタカナで表現するのも何か意味でもあるのだろうか?

しかし、これだけ日本中に蔓延して、その原因が杉だということまであっさり突き止めておきながら、なぜ杉の花粉のどのような成分が鼻水ダラダラの原因なのか、科学者が突き止めたという話はまったく聞かない。まるで幽霊の正体見たり枯れ尾花。笑

原因は他にあるかもしれない、とは誰も思わず、杉は寂しくそこに佇んでいる。

さて、コロナが流行り始めた去年一昨年はスギ花粉症がめっきり減って、これはマスクのお陰だと喧伝されましたね。笑
今年は一転して巷で猛威をふるうスギ花粉。鼻水ダラダラ、目は痒く、帰って来たスギ花粉症だあ!

しかし、今年も街ゆく人々はあいも変わらずマスクマスクマスク。
マスクのお陰で去年は激減したのに今年のマスクはどこが違うんだ?
濡れ衣を着せられた愛しの杉は今日も泣いているのだろうか?それとも、あまりのバカバカしさにニンゲン様をバカにして大笑いしているのだろうか?

嗚呼そは悩まほしくありけり。

#自然素材の家 #注文住宅 #横須賀市 #葉山町 #逗子市 #三浦市 #横浜市#有機的建築 #東濃桧 #漆喰 #住まいはもっと美しくなる

2025.8.2 過去から逃げてくる  ホームページ

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自然素材の家を横須賀市、三浦市、逗子市、葉山町で建てるならコモハウスです。

暑いですね。
こんな暑い日に玄関先で父と水浴びをしてはしゃいだのはもう遠い日の思い出。
記憶もうっすらとして夏の日の太陽の彼方に陽炎のように浮かんだり沈んだり。

光陰矢の如し。

そう言えば結婚して最初の子が出来たばかりの頃、夕方になると親子三人で夕涼みに表通りの暗くなった歩道を散歩するのが楽しみでしたが、その表通りというのがじつは東京の井の頭通りでした。近くにロイヤルホストもあったりして、そこまでてくてくてくてく子どもの歩調に合わせて行って帰ってくるだけ。たまにはお店でコヒーを飲んだりしたのかしら?

先週の土曜日、小金井公園の「江戸東京たてもの園」に行こうとこの井の頭通りを車で走ったのですが、すっかり今浦島でまるっきり変わってしまったのにびっくり仰天、何てったってこんなに道が狭かったの?まだ家々の間も隙間だらけで空はもっと大きかった。
一緒に散歩した子も今ではすっかり大きくなって、変わらないのは家づくりに七転八倒するお父さん(わたし)だけ。

 わたしの上に降る雪は
 熱い額に落ちもくる 
 涙のようでありました

先日とある建築雑誌を読んでいましたら、

「建築は経験学だと考えている。建築家は誰も、自分が体験した建築から影響を受けている。」

と建築家の神谷昭雄さんがおっしゃっている一文に目が止まり、まさに言い得て妙、建築に携わるものはひそかにこうした想いを胸に抱いているのではあるまいか。

過去に手掛けた建築は背負いこむものが多すぎて押しつぶされそうなほど深く刺さっているのですが、しかし、もちろんそれは経験という分厚い肥料としてその後のあたらしい展開の支えになっているのは間違いありません。建築は日々発見なのです。意図した道筋があらぬ方へ自分たちを導いていく。自分の考えたことであるにもかかわらず、新鮮な発見に心踊らされる日々の連続。

ひとつには、建築は、携わるものにとっては大量生産品のように次から次へとこなせるものではない、という事実があります。そして、そのひとつひとつがその建築独自の成立要因を抱えており、そのひとつひとつを克服するのに膨大なエネルギーを費やしてきた、という側面があるのです。

良いものを愚直に追い求めれば追い求めるほど抱えるトラウマは限りないものになってしまいます。
それらをひとつひとつ解決し、新たな地平線を切り開いていくことの醍醐味は何にも変えられない喜びでしょう。しかし、建築はこれも仕事と割り切ればなにもそこまでしなくても、という悪魔の囁きが聞こえてくるのですが。

コモハウスの建築は設計施工です。なにも書かれていない真っ白い紙に鉛筆を立て、絵を描くように描き込み造形し、その上で今度は実物を作り込んでいく。作り込む過程で選択肢は百通り。そのどれを選ぶにしてもそこには葛藤がある。
こうしてひとつひとつの経験が建築を掘り起こし、その経験の後押しであたらしい仕事に臨むことができるのです。この一棟をながして建てればその経験は浅く、心にも残らないでしょう。
そう。わたしは建築が好きなのです。

 わたしの上に降る雪は
 真綿のようでありました

   中原中也

#自然素材の家 #注文住宅 #横須賀市 #葉山町 #逗子市 #三浦市 #横浜市#有機的建築 #東濃桧 #漆喰 #住まいはもっと美しくなる

2025.7.26 難易度をます世界  ホームページ

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今日のブログは2017年9月23日のブログからです。

イギリスの理論物理学者のホーキング博士が、人類に残された時間はあと百年と警告されたそうです。

人間って不思議なものですね。危機に立てば立つほどいきりたって自滅への道を突き進んでしまう。勇ましい中国も、鶏冠をたてる北朝鮮も 、ライオンのたてがみをなびかせて周囲を睥睨するアメリカも、その勇ましさは擊ちてし止まんぬ。

人類に残された時間があと百年なら、建築会社が負う社会的責任はとても曖昧になってしまう。それは建築物として百年持つかどうかの問題ではなく、住み続ける意志を持続させるために建築会社が積極的に果たさなければならない無言の責任を曖昧にしてしまう。
家が法律で規定された責任を果たせばそれで良いのなら、家づくりはとても虚しい。

平和平和と唱えても平和はやってこない。

幸せの家づくりを標榜して家づくりに励んできたつもりですが、それだけでは幸せは掴めない。

昔、初めてホーキング博士の本を読んだとき、我々が今目にしている太陽はすでに8分前の太陽なのだと教えられてハッとしたものでした。わたしたちは3次元の世界で4次元の宇宙を生きている。

そんなわたしたちにも残された時間はあと百年。

「大工よ、屋根の梁を高く上げよ」

しかしこのご時勢、梁を上げるのはクレーン車だったりして。

#自然素材の家 #注文住宅 #横須賀市 #葉山町 #逗子市 #三浦市 #横浜市#有機的建築 #東濃桧 #漆喰 #住まいはもっと美しくなる

2025.7.13 立ち昇る階段  ホームページ

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横須賀市、逗子市、葉山町、三浦市で自然素材の家づくり。コモハウスです。
2019年2月2日のブログから

この小鹿田焼の里は、今では珍しい一子相伝の伝統を頑なに守る親から子へ、子から孫へ、変わらぬ焼き物のその造形美。変わらない、と決めることの潔さと変わりたいと願う欲望と。

しかし、人は変わるもの。

登り窯がだんだんと連なる様子は、そうかこれが登り窯かとトーシロはなんにでも感動するものです。 しかしこの窯の周りの手入れの行き届いた裏庭の様子はここの人々の生活のありようが伺えます。仕事場の手入れは何にでも言えることですが、その仕事に対する思い入れの強弱がうかがえる大事なポイントです。

登窯を見ていると、何と言ってもその造形美です。機能美です。焼き物の里を象徴する、その機能が全体を統一する。

家づくりでも、その様々な用途の中で何が住まいを決定づけるのかと日々考えるのです。小鹿田の登窯に匹敵する住まいの要素はなんだろう?何が住まいを魅力的にするのだろうと考えると、実はそれは階段ではないかと思うのです。

私たちの住まいをつらつら眺めていますと、階段があまりに無造作で、階段がただの階段で終わってしまっている。二階に上がるために機能すれば良いと思うとそれは大きな間違いなのです。上下をつなぐ、居間と二階を橋渡しする。階段で立ち止まる。トコロテンのようにただ押し出される通路としての階段ではなく、二次元を三次元に押し広げ、それは吹き抜けを通じて住まいを縦横無尽に駆け抜ける。

それは精神の解放であり、家族の関係を時には逆転させる、自由のもう一つの表現なのです。
だから、階段は私たちを解放してくれる。
階段は一歩登るごとにそこから見る風景を一変させる。私があなたになる。そのように階段をこしらえる。階段はリビングルームを差配する。玄関をつかさどる。二階への架け橋を無限に規定する。

もしも今住んでいるあなたの「住まい」が美しくないとしたら、それは階段のせいかもしれない、と疑ってみるのは一つの見識です。住まいは生き物です。そのことを如実に表しているのが、もしかしたらあなたの家の階段かもしれない。階段は怪談なのです。(笑)

コモハウスの住まいは実はこの階段を中心にして設計されています。そう言うと身もふたもないのですが、階段をどう表現するかに想像力を集中させる。ここが大事なポイントです。さて、そこから先は、私たちの人生にも似ている。だから、企業秘密。(笑)
ひとり階段を見上げる時、二階のその先のはるかな天を仰ぐ時、その住まいは美しく見えるだろうか?

ジョジョの奇妙な冒険で、承太郎とディオが対決するエジプト編。あの傑作シリーズで印象に残るのは、ディオの住む館に乗り込んだポルナレフが螺旋の大きな階段を一歩、また一歩と登っていき、その向こうにいよいよ目指すディオが待ち構えている。ポルナレフは幅一間はあろうかという豪壮な螺旋階段を、今まさに一歩踏み出す。その時、ポルナレフは、階段を一歩下がっている。

まさに衝撃的でしたね。こんなドラマティックな階段を私は他に知らない。
階段は時をさへ支配する。

階段は演出するものではなく、身をまかせるもの。ローマのコロシアムの階段状の観客席は闘技場以上に雄弁にすべてを語っています。主役はすり鉢状の階段なのです。
階段は人生の縮図。上昇も下降も、悲劇も喜劇も呑み込んで、私たちを豊かにしてくれる。
小鹿田の登り窯を前にして、階段階段と一人呟く私は十分に可笑しなのでしょう。

おかしな私たちと、冬の日差しに干される焼き物の卵たちと。

こうして天日で乾燥させてから窯に入れるのでしょうね。
窯から出てくるとこうなります。(笑)

あらためて小鹿田焼のすばらしさに浸ることができたこの1日に感謝して。
工房の店先でいくつか買い求めたのですが、ああ、もっと欲しかった、と思うのは人情ですが。

#自然素材の家 #注文住宅 #横須賀市 #葉山町 #逗子市 #三浦市 #横浜市#有機的建築 #東濃桧 #漆喰 #住まいはもっと美しくなる

2025.7.6 山間の陶工たち  ホームページ

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今日のブログは、2019年1月29日の投稿から。

トンボ帰りで陽が暮れて、、、。
そんな慌ただしい九州行ったり来たり。

九重連山が連なる九州の背骨。その奥深い山の中に日田があります。昔から林業の盛んなところで御料林の連なる日田杉の産地です。

かっては幕府の直轄地で、私が子供の頃、叔父がこの日田の営林署の所長をやっていたのはもう遠い昔の話。子供心に遠いところ、寒いところ、冬は雪が降り積もるところ、なんだか黄泉の国の岸辺のあたり(?)、想像を絶するところ。今では高速道路であっという間にたどり着くのですが当時はほんとうに山間の山奥。九大線が大分と熊本をつなぎ、日に何本の列車が走ったのか?たどり着くのも難儀なところだったのですが、そんな山間の奥地で育まれた日田杉に今ではお世話になっているのですから人生はわからない。

しかし、今日は、日田杉ではなく、その日田の山肌を縫うようにさらに山奥に進んでいくと「皿山」という地名があり、ここに十件の窯元が昔ながらの製法で窯の火を守っておられるのです。
小鹿田焼きは子供の頃から馴染みがあるのですが、この小鹿田の里を訪れるのは初めてでした。

小鹿田は「おんた」と読みます。子供の頃はまずこれが読めなかった。行きたい行きたいと思いながらも字が読めないとチャンスもなく、だから字が読めるようになるとチャンスは自分で作るものと思うのです。

日田杉と小鹿田焼と。こんな素晴らしい組み合わせがまたとあるものか。

焼き物も素晴らしいのですが、小鹿田の里が、里そのものが格段の風情があり、開窯いらい四百年間、十軒の窯元が集落を形成し、今も変わらず窯の火を守っている。そんな焼き物の里は小鹿田以外には無いのではないか?

この集落の中を細い川が流れ、川の水を利用して臼をつくのはまるで水車の原理でここでは今でも機械は使わず、ろくろを回すのも、土を捏ねるのも、すべてが人間の手作業なのです。
どこもみんなこのような家々で、瓦屋根、真壁、そして漆喰壁。どこを見渡しても古い木製の窓窓窓。おもむろに入り口の引き戸を開けて、「もし、ご新造さんえ、おかみさんえ、お富さんえ、いやさお富!久しぶりだなあ」。
なんだか芝居がかかって、そんなセリフが口をついて出てきますね。

to be continue (笑)続く

書き出すと様々なことがありすぎて纏まらない。 苦笑

2025.6.21 もう一度、有機的建築  ホームページ

 

 

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今日のアーカイブス

有機的建築といえばフランク・ロイド・ライト。旧帝国ホテルの設計で言わずもがなですが、日本にはライトの設計した建物が本国アメリカに次いで多いのです。

さて、ライトを持ち出すとことがおおごとになりますが、ライトのある意味ゴージャスな建物は向こうに置いといて、わたしたちは極東のちいさな島に栖むちいさな家の住人。

わたしたちには貧しいそれしか選択肢のない有機的な建築。貧弱な世界を押し広げて行くとその先に広がる有機的な建築。それは時代がル・コルビジェに代表される無機質のコンクリート打ちっ放しの「住むための機械」が時代を席巻する中で、そうした無機質の建築に抗いながら控え目に持ち出してきたこれっきゃ無い世界。しかし、それをすら跳び越えて広がるこの国の木造のゆたかな世界。

そういう意味でも日本の木造住宅はまさにライトの理想であったかもしれませんが、しかし、その私たちの建物を仔細に見るとまことによく考えられている。土壁はそののまま優れた断熱壁で、フラット35Sを凌ぐ性能を有している、かもしれない?。屋根の藁葺きは断熱材としてこんな圧倒的なものは現代では皆無。梁、桁、柱、そのどれをとっても二百年住宅、三百年住宅に負けない、かもしれない?。

法隆寺を持ち出すのは禁じ手ですが、法隆寺は正確には百二十五棟の建物群からなる西院伽藍と東院伽藍からなる斑鳩の里。法隆寺という界隈。法隆寺という世界。法隆寺という結界。 ライトが目指した有機的建築の極北。しかしそれはライトの世界とはまったく異なる異次元の世界。

家造りには集成材よりも本物の持つ無垢の柱が望ましい。
壁にクロスを貼るよりも、漆喰や珪藻土の方が気持ちがいい。
床は貼りものの、硬い集成材よりも、やわらかく傷が付きやすくても足裏になじむ無垢材がいい。
家は足し算よりも引き算がいい。
ハウスメーカーよりも町場の工務店がいい。
作り手の顔が見えるちいさな工務店ならなをさらいい。
小さくても山椒は小粒のコモハウスがいい。(笑)

家は美しくありたい。美しい家の定義はむずかしいけれど。
ただ言えることは、努力なくして美しい家は手に入らない。 その努力を払うのは建築会社だけでは難しい。

若い人が建て売りに走るのもムベなるかな。家造りは根気と努力、そして勉強。しかし、勉強するには奥が深すぎる。美しい家が欲しいという不断の欲求を保ち続けるには、街に美しい建物が溢れていることが望ましい。美しい建物がなんなのかを実地で勉強できる環境こそが望ましい。
となると、やっぱり大事なことは建築会社の家づくりへの姿勢に限るのかもしれない。

斑鳩の里に建て売りはありえない。
 

2017年10月8日投稿のブログより

2025.6.15 家は建たない ホームページ

 


今年は梅雨入り前からよく降りましたがいよいよ梅雨の真っ盛り。
こうお天気がすぐれないとなんだかブルーな気持ちで鬱陶しさが増して良くありません。
窓から外を眺めながらそんなお休みの日曜日、気分転換にとYouTubeを見てみたら、最新の住まいの設備器具を紹介する某建築会社さんの番組が目にとまり、ながら視聴では申し訳ないのですがこういった設備器具にわたし、灯台下暗しで最新情報に通じていない。恥ずかしい話ですが、昨今のシステムキッチンなんてな〜んも知らない。自慢にもなりませんが、いや思い返せば最後にメーカーのシステム・キッチンを使ったのはもうすでに四年前?

ええっ、そうか、パナソニックのシステムキッチンってこんな風に進化?(変化)してるんだ、と目から鱗。

天板が人造大理石でシンクまで一体になってシームレスに成形されおり、つまりはゴミ溜まりの目隠しがないのがウリなんですね。IHクッキングヒーターも凹凸がなくお掃除が楽。それがウリ。それらのウリの詰まるところは何なのか?
はい、その売りのシステムキッチンがこれです。

時代は変わりました。
無意識をデザインしたそうです。便利だそうです。

「作業や動線を妨げない」 「必要不可欠なテクノロジー」 「美しい家具として一体化」 「人と空間に調和するデザイン」

これはいい!かしら?と、ここがコモハウスのむずかしいところ。^_^
つまり、便利だと、楽チンだと、それがわたしたちが住まいに求める究極の機能だろうかとつい思ってしまうのです。だれでも掃除がラク、便利となると飛びつきたくなるものですが、ではそれが住まいを美しく保つ秘訣かといえばそうでもない。

「住まいはもっと美しくなる」

わたしどものキャッチフレーズからは、必ずしもこうした最新設備が美しいとは感じられないのです。

「旧築提案の家」

これはもうひとつのわたしどものキャッチフレーズです。新しいことはいいことだ。(ホント?)
わたしたちが追い求めるコモハウスの家づくりは、美しさの基準が少し違う。

「大切なことはね、目に見えないんだよ」あるいは、

「美は乱調にあり」あるいは、わたしはセザンヌよりもゴッホをとりたい。

では何をもって住まいづくりの中心に置くのか?
それは、美しさを打っちゃって、便利な生活に背を向けて、必要最低限に絞り込まれた肋骨(あばら骨)のような建築。スルメのような建築。貧しいメザシのような建築を飛び越えて豊かな世界を築きたい。それは必ずしも間違ってはいない、と思うのですが。

 

#自然素材の家 #注文住宅 #横須賀市 #葉山町 #逗子市 #三浦市 #横浜市#有機的建築 #東濃桧 #漆喰 #住まいはもっと美しくなる

2025.6.8 ヴァーチャルな建築 ホームページ

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横須賀市:コモハウス/オリジナルの独特な玄関庇


今日のアーカイブス・ブログは5年前のコロナ騒動が始まった頃ですから月日の経つのは早いものです。2020年8月30日、まだその正体もわからず右往左往していた日々のブログです。
横須賀市、逗子市、葉山町、三浦市で「自然素材の家」づくりはコモハウスです。

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コロナ前、コロナ後。

もう私たちは「コロナ前」には戻れない。ネットをサーフィンしていると、そんなネット識者の声が声高に聞こえてきます。さて、その心は?

昨今のかまびすしい世間では盛んに「コロナ後」を定義しようという試みがなされて「コロナ後」を新たにやって来るニュー・モーニングとしてそれへの備えを呼びかける論調が増えてきました。
コロナ前でもアタフタと自分の足元が覚束なかったのに、コロナ後など論外でもう生きてはいけない。?お先真っ暗?
ソーシャル・ディスタンスもテレワークも、人と人の結びつきが敬遠されて社会が小さな枝葉に分かれていくのを押し進めているように思えてなりません。

幸せの定義を考えてみると、手を携えることがどんなに大事なことかが実感されます。
昔から言うではないですか、 I wanna hold your hand  
クィーンの歌には「手をとりあって」なんてのもありましたね。
幸せは歩いてこない、だから歩いて行くんだよ

建築の世界も御多分に洩れず、ヴァーチャル全盛の昨今ですが、それは家づくりの現場でも言えること。それがまた悲しいことに、等身大のキットで出来上がる家づくりですから「あっ」と驚いてしまいます。

家づくりはキットカット。笑

家づくりに限らないのですが、夫婦の関係も然り。丁寧に語り合うことで互いの理解が深まるように、家づくりこそは丁寧に語り合いたいものです。

わたしたちの建築は「旧築提案」を標榜して住まいをご提案してきましたが、その心は「旧(ふる)きを訪ね、あたらしきを知る」。
家づくりはおそらくは人類誕生の昔から、寝ぐらを求めて穴を掘り、屋根を拵えるところから始まって、人類の英知を傾けて少しでも快適に暮らしたいという文明の発展と軌をおなじくして進められてきた営為の努力でした。
そして、実は、家づくりは法隆寺の昔にすでに完成されている。現代の私たちは法隆寺の昔に敵わない。古(いにしえ)を知ることで心が豊かになれるのだとしたら、私たちはそのための方法を貪欲に取り入れていきたい。古材を使うのは一つの小さな試みにすぎません。そのことで、先人の人生を積み重ねるように住まいを重層的に捉えることができるかもしれない。

人は、古い息吹を感じることで心が満たされます。子供の名前におじいさんの名前の1文字を入れてみるのもわたしたちは過去に繋がりたいという欲求を抱えているからとも言えなくはない。

過去につながることで心の平安を得られるのなら、建築は、これほど素晴らしい営みはない。

#自然素材の家 #注文住宅 #横須賀市 #葉山町 #逗子市 #三浦市 #横浜市#有機的建築 #東濃桧 #漆喰 #住まいはもっと美しくなる

2025.6.2 日本の住まいは変わるのか? ホームページ

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横須賀市:長沢「二階のホール」から


横須賀市、逗子市、葉山町、三浦市で自然素材で家を建てる。無垢材と漆喰と鉄、美しい住まいづくりのパイオニア、コモハウスです。
 

戦争に負けて八十年。長い年月です。今や、若い人には日本が戦争に負けた、という事実すら知らない人がいるのかもしれない。いや、少なくとも、なぜ日本があの無謀な戦争に引き込まれたのか正確に知る人は少ないかもしれません。

「建築の作法、不作法」は建築会社の日々の記録ですからここで先の大戦に口を挟むのはそれこそ無作法というもの。今でも世界のあちこちで戦争が続いているのは人間様はあまり利口ではない証拠かしら。
残念ながら戦争ははしたなくも起きてしまうもの、起こしてしまうものなのでしょう。戦争とは比べるべくもありませんが、日本の住まいの変遷にも残念な動機があるものです。

住まいづくりが文化であるなら、わたしたちはどのような文化を育んできたのでしょうか?
さて、街へ出てみましょう。住宅街で足を止めて、わたしたちが目にする住まいの連なりを眺めて美しいと感じますか、それともなにも感じないでしょうか?
こんなものだから、という諦めはご法度です。

「美しい日本の私」と謳ったのは川端康成さんでした。これも先の戦争とおなじ、もうご存知ない方がほとんどでしょうが、「雪国」や「伊豆の踊子」で有名な作家です。日本で初めてノーベル文学賞を受賞した作家がストックホルムでの授賞式のスピーチで語った「美しい日本の私」。

個々に、私が美しくあるのは個人の節制と不断の努力で可能ですが、日本の街並みを美しく仕上げるのは建築会社のすぐれた審美眼以外にないでしょう。

私たちはたいへんな重責を担っている。その自覚。その責任。その使命。
そしてそれはお客様によって鍛えられると云って過言ではありません。建築会社にすぐれた審美眼が備わっていても、お客様がそれを求めていなければ宝の持ち腐れに終わります。

美しい街並みを作るのはわたしたちの努め。

さて、その美しいと感じる心に訴えかけるもの、それはまず素材です。美味しい料理がまず素材にあり、その素材を調理するシェフの腕に委ねられている。ですからまず素材の正しい使用による建築を心がけることが一等大切です。

素材が本物であること。そこからスタートすればまず大きく踏み外すことはありません。正しい素材を扱う建築会社は正しいものを積み上げて住まいを作ります。その結果が美しい住まいなのです。

さて、では本物の素材とは何でしょうか?

ここからが本番ですが、ここまで読まれて「そうだ、本物だっ!」と感じ入られた方はもうすでに本物を探し始めているかもしれません。そう。「ほんもの」はご自分で探しあてるものでもあるのです。

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2025.5.29 懐かしの我が家 ホームページ

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横須賀市:長沢「S」様邸


今日は少し古いブログから、早いもので20年前のブログですが、 2006.5.26ですから季節もちょうど今頃。詩人の寺山修司さんが亡くなられたのが1983年5月4日のこと。5月はなんとはなしに寺山さんにまつわる思い出がたくさんあります。

★★★

寺山修司の絶筆に「懐かしの我が家」があります。
手元にこの詩があるわけではありませんので詳しい内容は覚えていません。が、懐かしい我が家とは何なのかと、立ち止まってふと考えてみることがあります。

だれもが懐かしの我が家を心のうちに持っているのだとしたら、そのそれぞれの光景に写し出される心象風景はたとえば障子に映る父のあるく姿であったり、襖越しの母の息づかいであったり、夏の昼下がりのうだるような暑さのなかで畳のカビ臭いにおいであったりと、家に包まれた少年時代の私のまるで蚕の中のような暖かい感傷がうかびあがってきます。

家とはもしかしたら、この蚕のようなぬくもりなのかもしれません。そうしたぬくもりを建築はどうやって実現すればよいのでしょうか?

「旧築宣言」

 わたしたちはこの言葉を軸に据えて、新築の可能性を限定することで実現できることがあるのではないかと考えます。こころの温もりを建築で表現する?はたしてそんなことが出来るのでしょうか。できるかもしれない、としか今は言いようがありません。

町を歩いていますと、古いけれどもなんともいえず、ああいい家だなあと、おもわず立ち止まってしげしげと眺める家があります。そうして何日かたって傍をとうりますともうその家は跡形もない。取り壊されて寒々とした空地になっています。いずれここにも、あの味気ない新築がたつのでしょうか。こうして町の風景は毀れてゆく。取り返しのつかない破壊を目にします。

なぜ?と思わずにはいられません。

#自然素材の家 #注文住宅 #横須賀市 #葉山町 #逗子市 #三浦市 #横浜市#有機的建築 #東濃桧 #漆喰 #住まいはもっと美しくなる

コモハウス ComoHouse 〒238-0103 神奈川県三浦市南下浦町金田1626
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